インプットとモチベーション

4歳8ヶ月。

ちょうど一ヶ月前、Smileが読むことに慣れてきて、スピードも上がってきたと書きました(過去の記事『読みのスピード と 慣れ』)。

そしてここ最近のSmileはと言うと、「少し難しいのも読んでみよう!」という先月のような勢いはないようです。

少し文字数が多いと、”It’s a little difficult for me(ちょっとわたしには難しい)”と言って、途中で閉じてしまいます。

“It’s okay. You’ll soon be able to read it(いいよ。そのうち読めるようになるよ)”と言って、わたしも そのまま。

その代わりに、これまで読んだものや、確実に読めそうなものを「読んでみる?」と差し出しています。

以前に少し触れましたが、言語習得理論で「インプット仮説(comprehensible input)」という理論があります(過去の記事『意味のあるインプット』)。

インプットが、学習者が理解可能なレベルであれば言語習得に繋がるという考え方です。

この理論では、学習者の言語能力よりも少しだけ難しいものが、効果的なインプットとされています。

でも今のSmileは、「どんどん読めて楽しい段階」と、「難しい文章は疲れてしまう段階」との狭間にいます。

そのため、今ここで少し難しいものを与えるよりも、「少し簡単」とSmileが感じるものを 与えた方がモチベーションも上がるのかな、と。

読むことへの自信が低下し、情意フィルター(心の壁)が上がってしまえば、いくらインプットを与えても それは学習には繋がりにくい(関連記事『心地のよい言葉とは』)。

そうなってしまうよりも、「少し簡単」と感じるもので 自信をつけて、「もっと読みたい」という気持ちになって欲しい。

そういう意味で、ただ闇雲にインプット(本やリーダー本)を与えるのではなく、

Smileにとって意味のあるインプット(Smileが負荷なく理解でき、かつ読みたいと思う本)を探し 与えるのが、今この時期 特に必要なのかなと感じています。

下の動画は、Smileのお気に入りの本の一つ、”Put Me In the Zoo(ぼくを動物園に入れて)”を読んでいるところ。

テンポがよく、ところどころ音がライミングしているので Smileにとっても読みやすいようです。

 

同じ日、図書館では紙芝居を読んでくれました。先月は、読むことに関して急成長を見せたSmile。今はなだらかに成長しています。

急成長があり、なだらかな時期があり。それの繰り返しです。

ネイティヴへの憧れ

4歳8ヶ月。

バイリンガル育児を初めてから、3年。

バイリンガル育児で大切にしてきたことは、「多様性を受け入れる柔軟性」。

Smileにも、新しい環境や人に対して壁を作らないようになって欲しいと思い、接してきました(過去の記事『多様性と異文化理解』)。

そして その土台にあったのは、

「英語」という言語、あるいは「英語ネイティヴ」を美化したり、言語によって優劣をつけたりしないこと。

たとえば、「英語ネイティヴが優れている」とか「英語を訛りなく話せる人は すごい」というようなメッセージを、Smileが受け取らないように気をつけていました。

2歳くらいのときだったでしょうか。誰かの英語を聞いて、”◯◯’s English is silly.(◯◯の英語は変だね)”とSmileが言いました。

もちろん、この時のSmileに悪気はありません。いつも聞いている英語の発音と違うから、純粋に「違う」と思っただけ。

この時 わたしは「皆んな、アクセントが違うし、違っていて当たり前。英語を話さない人だってたくさんいるよ」とSmileに話しました。

あらゆる物事に対するイメージは、メディアや社会を通して構築されるものです。言語や人種に対するイメージもそう。

小さい子であれば、それは一番 身近な家庭を通して構築される。

つまり、わたしの英語に対する考え方が、そのままSmileの考え方に反映されてしまうということ。

わたしたちは、実社会で様々なコミュニティに属しています。

Smileの場合は、プリスクール、おうち英語仲間とのプレイデート、新体操教室といったコミュニティに属しています。

社会言語学者のNorton氏は、こうした実社会のコミュニティだけではなく、「想像上のコミュニティ(imagined communities)」も存在する、と言います。

この「想像上のコミュニティ(imagined communities)」は、今 実際に属しているコミュニティよりも影響力があるのだそうです。そして 動的で 移り変わるものである、と(Norton 2010)。

分かりやすく言うと、Smileはよく「難しい英語を学びたい」と言います。

この場合、今のSmileの「なりたい自分(imagined identities)」は、難しい英語を話している「未来の自分」。

そして その「難しい英語を話している自分」が、将来 ニューヨークに住んでいることを想像するとします。

そこで 学校に行き、新しく友達ができ、様々なコミュニティに所属する自分を想像する。これが想像上のコミュニティ(imagined communities)です。

難しい英語を話し、ニューヨークに住んでいる自分を想像する。

それが今の行動の原動力となり、「もっと英語の本を読もう」とか「英語を話そう」とか、

自分の時間と労力を そこに投資するか否か、ということに繋がるのです(関連記事『モチベーションと投資』)。

Smileの今現在の「自分の未来像(imagined identities)」は、これからSmileが何を経験し、何を感じるかで、どんどん変わっていくと思います。

だからこそ、感受性の強い この幼少期に、Smileが 英語ネイティヴに憧れるようなメッセージを受け取り、

そこに近づくためだけに 時間と労力を投資してほしくない。

ネイティヴのように話せるようになって欲しいとも思いません。「ネイティヴらしさ」というのは、発音や流暢さなど表面的な部分で計っている場合が多いからです。

それよりも知性や人間性、社会性など、もっと本質的な部分を伸ばしてほしいな、と。

なにより、英語を「自分の言葉のひとつ(the ownership of English)」と感じてほしいし、

ネイティブ/ 非ネイティブ関係なく、自信を持って自分のことを「英語話者」と思ってほしい。

そして しっかりとした軸があるアイデンティティが 育ってくれるといいなと感じています。

行きつけのコーヒーショップにて、初めて会ったアメリカ人のスタイリストと。Smileとの出会いをSNSに書いてくれました。

こんな風に、壁がなく世界を広げていけるSmileが頼もしくもあり、うらやましくもあります。

“…as English language learners reimagine their futures in a changing world, the question “Who owns English?” will become ever more strident and contested.”

移り変わる世界において、英語学習者が自分の未来を新たに想像するとき、「英語は誰のものか?」という問いは、ますます大きな問題となり、論争の的となるだろう。

Pavlenko, A., & Norton, B. (2007). Imagined communities, identity, and English language learning.

(参考文献 他)

Norton, B. (2010). Identity, literacy, and English-language teaching. TESL Canada Journal, 28, 1, 1-13.

言語習得 と 臨界期

4歳7ヶ月。

月曜日は2週間ぶりのフランス語のレッスンでした。

Smileは週に1回。わたしは隔週でフランス語のレッスンです。

たった1時間ですが、毎回、レッスン後に感じるのが、脳みそがショートする程の疲労感。

新しい情報をなかなか脳が受け付けてくれません。

それに比べてSmileは、オールフレンチでも何の苦もなく レッスンを楽しんでいる。なんて柔軟な脳なんだろう、と感心します。

 

言語習得には、臨界期(critical period/ sensitive period)と呼ばれる言語習得に適切な時期があり、

ある年齢に達したら、言語の習得が難しくなるという仮説があります。

英語教育にも この説が多く用いられているのではないでしょうか。

「臨界期を過ぎる前に英語学習を始めよう」「ある年齢に達してしまってからでは遅い」

小学校の英語必修化の動きには、そんな風潮すらあると感じます。

確かに、大人になってから第二言語学習を始めた人は、第一言語 習得者あるいは早期に第二言語を習得した人に比べて、一般的に到達度が低く、個人差も大きいそうです(Ortega 2009)。

ただ、第二言語習得における臨界期仮説は、研究結果を一般化するには決定的な裏付けがないとも言われています。

そのため「臨界期」という言葉にとらわれ、焦ったり落胆するのではなく、一つの目安と考えると良いのかな、と。

さんごまみぃさんが、いろいろなバイリンガルについて書いていました。

言語はいくつになっても学び続けるもの。

言語をつかっていつまでも学び続けるもの。

わたしのフランス語学習は まだ始まったばかり。臨界期を とうに過ぎてしまったから習得は無理、なのではなく、

子どもと大人とでは言語習得の過程が違う。だからアプローチの仕方を変えてみる。そんな風に楽しみながら 学び続けたい。

Smileの第二言語、第三言語学習の様子は、いろんな気付きをもたらしてくれます。

プリスクールの帰り道。工作の時間に作ったヘンテコな物を両手に持ち、首から下げ、忙しいSmile。

臨界期を意識するならば、知識を詰め込むのではなく、この時期にしか培うことのできない感性や感受性を大切にしたい。

【参考文献】

Ortega, L (2009) Understanding Second Language Acquisition. London: Hodder Education

 

縦割り sleep over

4歳6ヶ月。

先週末は、お友達にお誘いいただき、家で英語の取組みをしている仲間でお泊り会に行ってきました。

大人7人。子どもは 3歳から8歳までで、11人。

わたしは夕方まで仕事だったので、夕食以降からSmileと参加しました。

Smileが3歳になったばかりの頃からの お友達もいるし、最近 仲良くなったお友達もいます。

それでも 会えば会うほど好きになる、魅力のあるママと子ども達です。

そんな楽しい場で 今回 Smileが影響を受けたのが、ポケモンカード。

大きいお兄ちゃん達の輪に入りたい。

大きいお姉ちゃんとポケモンカードについて話したい。

そんな想いからか、帰り道に珍しくSmileがポケモンカードをねだってきました。

  • Smile: I want Pokemon cards. Can you buy them for me? You can buy it (them) at a conbini.(ポケモンカード欲しい。買ってくれる?コンビニで買えるよ)
  • わたし:Okay, we can stop by at the conbini near our house.(じゃあ、家の近くのコンビニに寄ろうか)
  • Smile: 《泣きそうになりながら》But I want it now…(でも今欲しい….)
  • わたし:I’m carrying a lot of stuff now. And it’s a little hard for me to look for the cards right now. Can we go later?(今は荷物が多くて、カードを探すのは大変だから後でもいい?)
  • Smile: 《半べそで》…Okay.(わかった)

電車の中でも しばらくベソをかいていましたが、帰宅後、コンビニで買ってもらい、大満足のSmile。横浜の両親にも早速 自慢していました。

以前、「モチベーション」は学習者の「移り変わるアイデンティティ」と切り離せない関係にあり、

学習者が第二言語に「投資」するか否かは、「なりたい自分」がどう変わるかで変わって来る、と書きました(過去の記事『モチベーションと投資』)。

Smileが英語を遠ざけてしまわず、時間と労力を投資してまで英語を使い続けたいと思ってもらうには、

今後 日本語環境に囲まれてからも、Smileが英語で伸び伸び過ごせるコミュニティを維持していかなければいけない。

英語を話すことが決して特別ではなく、誰もが自然体でいられる場。

先日のお泊り会は、まさにそんなコミュニティの一つなのだなぁ、と改めて感じました。

お風呂も入り、ポップコーンを食べながら、皆んなで映画鑑賞し。普段は滅多に出来ないことなので Smileは大喜び。

 

 

 

どんなバイリンガルになって欲しいか

4歳5ヶ月。

先日、プリスクールの保育士の方と話していて、inclusive education(包括的な教育)の話になりました。

主に障がい児教育の分野で使われる言葉のようですが、バイリンガル育児にも通ずるものがあるなと感じました。

integrated education(統合教育)と inclusive education(包括的な教育)は似ているようで、根本的な考え方が全く異なります。

integrated education(統合教育)は、障害のある子と そうでない子を分けた上で、同じ環境で教育を受けさせること。そのため、障害のある子は、普通教育の場に順応すべく合わせていかなければならないとのこと。

inclusive education(包括的な教育)は、「子ども一人一人が 異なる存在であり、すべての子どもが学ぶことができる」という考え方。そのため、子どもが教育現場に合わせるのではなく、現場の方が一人一人のニーズに合わせるべく変わる体勢ができている。そして多様性が重んじられている。

図にすると下のようになります。 右のintegration(統合)は、障害のある子を区別をした上で 他の子と同じ環境に置き、障害のある子は メインストリーム(主軸)に合わせることが求められる。

でも左のinclusion(包括)は、 子ども一人一人が 固有の存在であり、すべての子のニーズに答えようと言うもの。一人一人が、お互いに足りないものを補い、強みを生かしたりして 影響し合う良さがある。

周りの大人だけでなく、子ども同士も互いの特性を尊重し、成長していくという意味では、Smileの通うプリスクールもinclusive educatiom(包括的な教育)と言えるかもしれません。

以前、Smileには、人と違うところがあっても、「違い」を その人の個性として 受け入れる柔軟性も身につけて欲しい と書きました(過去の記事『「特別」って呼ばないで』)。

その延長線上に、exclusive(他者を入れない/排他的)にはなって欲しくないということもあります。

これは、英語ができること以上に大切なことだと思っています。

色んな違いに対して柔軟でいて、かつinclusive(あらゆるものに対して受け入れる姿勢である)なバイリンガルに育って欲しい。

そして 「自分は自分」という軸も持っていて欲しい と思います。

タイ人のお友達の家にて タイ料理クラス。英語圏ではない文化に触れるのも新鮮のよう。

(参考文献:Kaur J & Arora B.(2014) Inclusive education – An integrated approach. International Journal of Research in Humanities, Arts and Literature, 2 (2), 59-64.)
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言語発達の順序 と間違い

4歳2ヶ月。

以前、言語発達の順序について記事を書きましたが、最近、Smileが興味深い間違いをするようになりました。

過去の記事:

  1. 発達の順序(文法要素)
  2. 発達の順序(質問文)
  3. 発達の順序(否定の言葉)

これは昨日のバス車内での会話です。どうやら公園で転んで膝を擦りむいたSmile。膝をまくり、わたしに見せてきました。

  • Smile: Mommy, look! I did fall down!(お母さん、見て!転んだの)
  • わたし:Oh, you fell down?(転んだの?)
  • Smile: Yeah. I fell down on the ground at the park, and it’s really ouchie.(うん。公園で転んで、本当に痛いの)

上の会話のように、過去に起きたことを話すときに、否定文や疑問文、あるいは強調構文ではないのに “did”を動詞の前に入れるようになったのです。

わたしが言い直すと、すぐに直りますが、他の文脈でも同じような間違いをするようになりました。全て過去のことを話すときです。

overgeneralization(言語ルールを誤って適用範囲外にも当てはめてしまうこと)は、今までもたくさんしてきましたが、このケースは興味深いな と。

たとえば、規則動詞の過去形には”-ed”を付けるから、それを”fall”にも適用して “I falled down.”にしてしまう。というようなovergeneralizationは起こり得ます。

でもこのケースは 否定文や疑問文のルールを 過去形の文にも適用したのかな、と推測できます。

  • 【否定文】I didn’t fall down.
  • 【疑問文】Did you fall down?

上の例文のように、過去形の否定文や疑問文は、「did + 動詞の原形」になります。

もちろん、”bring – brought”や”break – broke”など、Smileも使える不規則動詞はあります。

でもSmileの中で、「did + 動詞の原形」を「過去を表す」言語ルールとして捉えていて、それを平叙文に適用し、”I did fall down”。

過去の否定文 “didn’t”や 疑問文 “Did you〜?”を使えなかったときには起こらなかった間違いです。

こうやって間違いを繰り返しながら、自分の中の言語ルールを修正していくのだなぁ、とSmileの間違いさえも面白く感じてしまいます。

昨日、Smileが一心不乱に 書いていたメモ。Smileの中では ちゃんとしたお手紙だそうです。何かの暗号のようで面白い。
 

 

 

 

 

アカデミック・ライティングと型

大学院時代、人生が変わった というほど影響を受けた教授が2人います。

Lordes Ortega氏と、Kate Wolfe-Quintero氏です。2人とも第二言語ライティング(L2 writing)を研究していましたが、一見すると真逆のスタンスを取っていたように感じます。

Ortega氏は、アカデミア(教育研究機関)のルールを守り、その中で円滑に主張を通す術を教えてくれ、

一方、Wolfe-Quintero氏は、縛りを嫌い、文章の中でvoice(自分の声)を表現する術を教えてくれました。Freewritingで知られる Peter Elbow氏の存在を知ったのもこの頃(freewriting手法: 思いのままに止まらずに書き続けること)。

【エッセイの型 vs. 自己表現】

アカデミック・ライティング(学術的文章)は、アメリカの高等教育機関では、多くの学生が経験するもので、ある決まったルールや型に基づいて文章構成をしていきます。

一番基本的なものが、英検でも使われている Five paragraph essay(5パラグラフ・エッセイ)。

  1. Introduction(導入)
  2. Body 1(本論 1)→ topic sentence(この段落で言いたいこと)→ support→concluding sentence
  3. Body 2(本論2)→ topic sentence → support → concluding sentence
  4. Body 3(本論 3)→ topic sentence → support → concluding sentence
  5. Conclusion(結論)

大学院では、five paragraph essayは書きませんが、この型を応用してエッセイや論文を書いていました。

でも いつも苦しんだのは、型にはめて書こうとすると、どうしても「自分の声」が届かないような気がしてしまうこと。

型があるがために、適切な表現を適切な箇所に使おうとし、結果、自分の文章じゃないように感じてしまう。

そんな苦しみを和らげてくれたのが、Wolfe-Quintero氏の授業。彼女の授業では、いかに自分の言葉を使い文章を書くか、それをどうやって生徒に教えるか、ということを学びました。

フィードバックには、「なんでそう思うの?あなたの言葉で書いて」と書かれたりして、その度にノートにブレインストーミングをして掘り下げて考える作業をしたものです。

アカデミック・ライティングに慣れ始めていた 当時のわたしには とても苦しい作業でした。「型」を盾にして自分の気持ちを隠せないからです。

でも出来上がったエッセイを見直したとき、そこに書かれているのは、紛れもなく  わたしの内なる声であり、型に押し殺されていない自分の言葉でした。

【うまく「型」と付き合う】

大学院時代、わたしがアカデミアに順応することができたのは「アカデミック・ライティングの型」のお陰です。同時に、型でギチギチになってしまったり、苦しまずに済んだのは、自分なりの自己表現の仕方を見つけられたから。

でも もしかすると、「型」が原因で、英語で書くこと自体を嫌いになっていた可能性も多いにあります(過去の記事『英語習得とアイデンティティ②』)。

Wolfe-Quintero氏に出会わなかったら、「自己表現の場」を見つけられず、苦しんだままだったかもしれません。

当時のことを振り返ると、「型」も「自己表現の場」も 両方とも なくてはならなかった。

「型通り」に書けば自分が窮屈になってしまう。逆に「枠組みがない」ライティングもまたアカデミアでは受け入れられないからです。

Smileがアカデミック・ライティングに触れるのは、だいぶ先のこと。でも、Smileもまた、型を知りつつ、同時に自己表現の仕方も知って欲しい。

もしSmileがアカデミック・ライティングに触れる機会があったら、

自分の想いを「型」に はめてしまい、書くことが嫌になってしまわないよう、言葉を紡ぎだす楽しさを教えられたら、と思います。

遠足で里芋掘り。このブログも いつか読む日が来るのかな。楽しみ半分、ソワソワする気持ち半分。

 

意味のあるインプット

4歳1ヶ月。

先日の出来事。

夕ご飯までの時間、「何か動画を見るか」と尋ねると、

“I want to watch ‘Peppa Pig’ in French.(フランス語で「ペッパピッグ」観たい)”

と返ってきたので、フランス語の”Peppa Pig”を流すこと1時間。

「内容わかったの?」と聞くと、えへへと苦笑いするSmile。

それもそのはず。プリスクールのフランス語のクラスは、月に3回。

Smileが使える言葉は、”bonjour(こんにちは)” 、”merci(ありがとう)”、”au revoir(さようなら)”と数字ちょこっとだけ。

これで”Peppe Pig”のフランス語版を理解するというのは難しいはず。ストーリーは馴染みあるものなので、物語の流れは何となく分かっても、インプットとしての役割はあまり期待できなそうです。

【意味のあるインプット】

input(インプット)→ noticing(気付き)→ intake(内在化)→ grammar knowledge(文法としての知識)→ more access(知識へのアクセス)→ output(アウトプット)

上の図式は、第二言語習得に至るまでのプロセスで、

第二言語ライティングを専門とするKate Wolfe-Quintero氏が述べていたことです。

「インプット」という言葉、最近では至るところで目にするようになりました(過去の記事『文字への意識』)。

理解可能なインプット(comprehensible input)が十分に与えられれば、言語習得に繋がるという考え方です。

じゃあ、十分なインプットを与えればアウトプットに繋がるのか、と言われれば、それだけじゃないと感じます。

  • インプットが、学習者が理解可能なレベルである(comprehensible input)
  • 繰り返し同じインプットに触れることで、学習者がインプットの言語要素に気付く(noticing)
  • インプットに「気付く」ことによって、インプットが内在化する(intake)
  • インプットが内在化することによって、文法の要素が蓄積される(grammar knowledge)
  • 繰り返し 知識にアクセスすることによって、アウトプットにつながる(access & output)

上の要素以外にも、インプットがアウトプットに繋がるまでには、学習者の情意フィルターや性格など、もっと複雑な要素が関わってくるのかもれません。

でも、まず大事なのは、学習者がインプットを「意味のあるインプット」として認識できることだと感じます。

例えば、お母さんが子どもにフラッシュカードを見せて、”cold”とか”freezing”などを練習したとしても、それは必ずしもインプットにはならないかもしれない。

でも、寒い日に外に出て、お母さんが”It’s freezing(寒いね)!”と凍える身振りをしたら、「自分も寒い。お母さんも寒そうにしているし、”freezing”と言っている。「寒い」ということかな」という風に 子どもは気付くかもしれません。

このとき初めて、”freezing(凍えるような)”が、子どもにとって意味のあるインプットとなり得ると思います。

“Peppa Pig”フランス語版が、Smileにとって意味のあるインプットとなり得るには、ある程度の基礎が必要となると思います。

  • 基本的な名詞(「お父さん、お母さん、弟、恐竜」など繰り返し出て来るもの)
  • 基本動作を表す言葉(「座る、立つ、寝る、出掛ける」など)
  • 基本的な形容詞(「大きい、小さい、疲れた」など日常会話で出て来るもの)

こういった基礎的な知識をつけてから、”Peppa Pig”を観たら、それはSmileにとって意味のあるインプットとなり得るのかなと感じます。

わたしはと言えば、大学時代、第二言語でフランス語を専攻しましたが、悲しいかな、全く残っていない状態。

「Smileと一緒に 1からフランス語をやるかな…」と思いながらも、重い腰がなかなか上がらないでいます。

peppa_pig

2歳前から大好きなPeppa Pig。最近はスペイン語、フランス語など他言語のものを見たがるSmile。