バイリンガル育児のきっかけ

4歳0ヶ月。

昨日は、Smileが0歳の時から交流のあるママ友とランチでした。

台湾出身のオーストラリア人と、アメリカ人のママです。このママたちとは、たまにランチをして、育児の悩みや今後の進路について、ざっくばらんに話せる仲。とても気楽です。

本格的にバイリンガル育児を始めたのは、Smileが1歳7ヶ月のとき(『OPOL』の記事はこちら)ですが、

それまでは、1日の大半を日本語だけで話しかけていました。

0歳の時は、英語サークルに参加したりして、英語の時間はあったものの、英語ネイティブではない自分が、家で語りかけをしていいものかと、なかなか踏み出せずにいたのです。

そんな時、オーストラリア人のママが言った一言がわたしの背中を押しました。

「もったいない」

英語を話すのに、Smileに英語で話しかけないのは、「もったいない」と言うのです。言われたときは、グサリと刺さりましたが、確かにそうだな、と納得。

その時、Smileは8ヶ月くらいでしたが、それからは、英語の歌を一緒に歌ったり、ちょっとした動作は英語に切り替えるようにしました。

アメリカから帰国後、再びコンプレックスになりつつあった英語に対して、少しずつ自信を取り戻していったのも、この頃かもしれません。

あの時、オーストラリア人のママ友の一言がなければ、今のバイリンガル育児はなかったかもしれません。やっていたにしても、今のように覚悟を決めて・・・とまではいかなかったかもしれません。

ストレートな物の言い方で、こちらが たじろぐことも多い 外国人ママ友たち。ですが、わたしとは違う視点をいつもくれる貴重な友達。

彼女たちもまた、わたしのバイリンガル育児を支える存在です。

去年のハロウィン。Smileは後列 左から2番目。頻繁には会わなくなりましたが、イベントのときは こうして集まって 子どもたちの成長を見れるのも楽しい。

バイリンガル育児のための環境づくり

バイリンガル育児を実践するにあたり、Smileの言語発達に影響を与えたのが、Smileを取り巻く環境です。

  1. SNSへのアクセス
  2. 東京在住
  3. 祖父母、叔父叔母も英語
  4. 質の高い英語のインプット

【1. SNSへのアクセス】

ひと昔前であったら難しかっただろう情報収集が、facebookを使うことでかなり簡単になりました。ここで英語のプレイグループを見つけたところから全て始まったようなものです。東京在住の英語スピーカーであるママ友達との出会いもここなので、英語環境を探す上で、SNSやインターネットへのアクセスは重要です。

東京に住む、日本人でないママや家族、インターナショナルな繋がりを持ちたい人たちのコミュニティーが沢山あるので登録するだけで、プレイデイトなど、最新情報を得られます。

【2. 東京在住】

私の実家は横浜ですが、横浜であったらおそらくここまで英語スピーカーの友達が出来なかっただろうし、英語のプレイグループにも参加もそこまで出来なかったかもしれません。新しくできた友達もみな都内に住んでいるためプレイデイトを設けやすいんです。

Smileがまだ0歳の時は、ドアツードアで1時間以内で行けるところがやっと。小さい子を連れての移動は大変なので、英語環境にアクセスできる環境にいたのは非常に大きかったです。

【3. 祖父母や叔父叔母も英語】

Smileの発話を後押ししたのが、両親と姉達の存在。みんな英語スピーカーなので、Smileが英語を発すれば、それに対して英語で返答してくれるので、英語が優勢だった2歳半ごろまでは英語でのやりとりがほとんどでした。2歳半以降は、日本語に興味を持ってくれたので、Smileの祖父母ともに言語の8割を日本語に切り替えてくれました。

また、義兄はアメリカ人なので、アメリカに遊びに行ったときは、英語でやり取り。そうすることで質の高い英語に触れさせることができました。

【4. 質の高い英語のインプット】

言語学者 Lourdes Ortega氏も書いていますが、質の高い英語に触れさせるのは大切(Ortega 2009)で、ネイティヴではない私がいくら頑張っても、洗練された表現や高度な文は与えてあげられないので、質の高いインプットがどこかで必要になります。ただ、英語ネイティブだからと言って、質の高い英語かと言えば、そうでないこともあるので、注意が必要だと思っています。私が思う質の高い英語は、スラングや分かりづらい表現はあまり使わず、正しい文法を用い、明確で理解しやすい英語です。

プリスクールはそういう意味でも役に立っています。普段の英語での語りかけで素地を作り、プリスクールで質の高い英語に触れることで、より言語発達が顕著になりました。

①から④は、Smileの英語に影響を与えた環境的な要因。これらは個人差があり、人によって違う要因があったりとするので、一般化はできないですが、参考にはなるのではないでしょうか。

…a number of environmental (e.g. opportunities for exposure and use of high-quality L2 input and amount and quality of L1 use) and socio-affective factors (e.g. motivation, L2 instruction and overall education) may mutually interact and become important predictors of success at earlier as well as later starting ages. (Ortega, L (2009) Understanding Second Language Acquisition. London: Hodder Education.)

「多くの環境的要因(英語に触れる機会、質の高い第2言語に触れる機会とその量、母語の使用状況)や、社会的要因(モチベーション、第2言語による指導、全般的な教育)は、相互的に影響しあうと考えられる。そして、後期(4歳以降)と同様に、早期(4歳以前)に第2言語に触れる上で、成功するかどうかを見極める重要な予測判断材料となる」

OPOL

バイリンガル育児にするに至り、まず手っ取り早くOne Parent/Person One Language (OPOL)の方法を取ることにしました。私が英語、夫が日本語です。

OPOLと言っても、ゆるーいOPOL。私が、日本語を使うと、私の方が日本語に引っ張られてしまう可能性があるので、主に家で使う言語を英語に切り替えるだけ。

そのため日本語禁止という訳では全くなく、日本語環境のときは日本語で語りかけ。そして、「これは日本語でしか表現できない」とか、「これは日本語で言わなければしっくりこない」という状況になれば日本語です。

初めは、日本語でSmileに話しかけることに慣れすぎていて、若干抵抗感を感じる毎日でした。また、1歳7ヶ月から、自発的に英語が出てくる1歳9ヶ月あたりまでは、一方的に話しかけなければならないので、モチベーションを保つのに一苦労でした…。

かなり助けられているのが、わたしの両親と姉達の存在。みんな、3割程度はSmileに対して英語で話しかけてくれるので、わたしもモチベーションを維持することができました。

そうすることで、わたし自身の中でも変化が。幼少期に感じていた、「英語は自分の言語である」という感覚が戻ってきたのです。大学院時代にもなかった感情です。

10ヶ月〜1歳半までの英語の取組み

10ヶ月あたりから、外国人ママや、海外経験のあるママと知合いになり、一気に英語を使う環境が増えました。

英語サークルにも定期的に参加し、歩きながら歌を歌ったり、基本的な言葉を語りかけるということを始めたのもこの頃です。

英語を話すママと集まるときは、Smileへの語り掛けは基本的に英語。

1歳半前くらいから、英語の発話が少しずつ出てくるように。ABCの歌は比較的早い段階から歌えるようになりました。

0〜10ヶ月までの英語の取組み

0〜10ヶ月までは、私自身、英語を話すママ友達が周りにいなかったこともあり、Smileとはほぼ日本語で語り掛け。

姉夫婦がアメリカ在住のため、アメリカに旅行したときは英語に切り替えるなど、思いつきで英語にしたり日本語にしたり。

語り掛けで使っていたのは

・”Let’s change your diaper.”

・”Almost there.”

・”It’s okay.”

・”Are you hungry?”

・”Here you go.”

など、本当に最低限の言葉のみ。

この頃は英語の歌や絵本もほとんど持っておらず、完全に日本語の環境でした。

わたしのこと

  • 幼少の頃、5年半をアメリカで過ごす。
  • アメリカでモンテッソーリのキンダーに通う。
  • 帰国後は母親による英語の取組みで、発音とリスニング力を保持。
  • 公立の中学と高校に通う。「日本の英語教育」を経験。
  • 大学で英文学を専攻。同時に言語学に出会う。
  • 卒業後、ハワイ大学マノア校 修士課程へ進学。
  • 社会言語学と英語教授法を専攻。『英語習得とアイデンティティーの変移』について研究。
  • 在学中、ベトナム ハノイ外国語大学にて教育実習
  • アメリカ現地の語学学校で英語講師として働く。
  • 修士号取得(TESL:Teaching English as a Second Language)
  • 日本に帰国後も英語講師として働く。
  • 主に中学生から大人までを対象として指導していたが、出産を機に児童英語教育に興味を持ち始める
  • SUNNY BUNNY Language School 子ども英語講師養成講座 初級 修了
  • SUNNY BUNNY Language School 子ども英語講師養成講座 中級 修了

【資格】

  • 英語教授法修士(TESL) ハワイ大学マノア校
  • SUNNY BUNNY Language School 認定講師(初級・中級)
  • TOEIC 980点
  • 実用英語技能検定1級
  • TOEFL iBT110点

【現在 教えているクラス】

  • 親子ベビークラス(0〜1歳)
  • 親子サークル(3〜4歳)
  • 小学生(1〜2年生)
  • プライベートレッスン(中学生〜社会人)
  • フォニックス・レッスン(4〜6歳)
  • TOEIC クラス(社会人)

【SMILE English Club】

ハワイでは、留学生を対象にアカデミック・ライティングやリーディングを教えていましたが、日本帰国後は大人の方を対象に英語を教えてきました。

そしてSmileを出産してからは、子どもの持つ言語習得の無限な可能性に魅了され、小さな英語サークルを開いて、ママと子どもに英語を教えています。Smileは小さなアシスタント・ティーチャーとしてわたしをサポートしてくれています。

このブログ、あるいはサークルを通して、英語教育に関するヒントを共有できたら嬉しいです。

【Contact】

littlemissmile0922[あっと]gmail.com

*[あっと]を@に置き換えてください

はじまり

これは、娘Smileのバイリンガルへの道のりを記録した日記です。

その前にわたしのことについて少し。なぜバイリンガル育児に辿り着いたのかを書きたいと思います。


 

幼少の頃、5年半をアメリカで過ごす。

帰国後、「自分の言語である英語を失ってしまう」という恐怖感から、英語に対してコンプレックスを抱くようになる。

母親が英語で語り掛けをしたり、お風呂の中で英語の歌を歌ったり、英語を話す環境を積極的に作ったりするも、抵抗感を示す。「分かるけど、言葉が出て来ない」というのと、「母親との会話は日本語」という意識が強かったのが理由。

内にこもってしまい、自分から英語を話すことをしなくなる。

中学、高校は「日本の英語教育」を経験。母親の努力のお陰で、発音とリスニング力は残っていたため、周りから「帰国子女」扱いされる。

でも自分の中では、「英語が出来ない」というコンプレックスがあったため、「帰国子女」と呼ばれることに対して複雑な心境。

「悪い点数を取ったら恥ずかしい」という想いから、教科書を丸暗記するほど猛勉強。そのため英語は常に得意科目。

英語の強い大学に入り、インターナショナルスクール上がりのクラスメイトの英語力の高さに衝撃を受ける。ここで「本当の読み書き」の基礎を築く。

卒業後、アメリカの大学院へ留学。

社会言語学と英語教授法を専攻。『英語習得とアイデンティティーの変移』について研究。

現地の語学学校で英語講師として働きながら修士号を取得。

ここでやっと「英語へのコンプレックス」から解放される。

日本に帰国後も英語講師として働く。当時は、対象が大人や留学生だったため、幼児英語に関する知識も興味もあまりない。

出産を機に、幼児英語への興味が一気に高まる。

自分が抱いたようなコンプレックスを娘には感じさせたくないという想いから、母語である日本語が確立する前の、1歳7ヶ月の頃からバイリンガル育児を始める。