英語教育とクリティカル・リテラシー

先月テレビで放送された、予備校講師の林先生による「早期英語教育は不要」という主張、

ここ最近 わたしの周りでも話題になっています。

いつも参考にさせてもらっているYoshieさんのブログに、とても分かり易くまとめられていて、

こちらを読むと、客観性をもって林先生の主張を読み取ることができます(Yoshieさんの記事)。

普段、テレビを ほとんど見ないので、他の方のブログを通して知り、YouTubeでその映像を見てみたのですが、

その主張内容も もちろんですが、情報の提示方法にも問題があると感じました。

林先生の主張は、

  1. 英語が得意な親ほど早期教育を否定」
  2. 「子どもに早期英語教育をやらせている東大出身の親に会ったことがない
  3. 「『親が(英語が)出来た』、『子供に(英語を)やらせる』は、見事な反比例関係である」
  4. ある有名な企業の採用基準では、英語が出来て仕事が出来ない人よりも、英語が出来なくて仕事もできない人の方を採用する」

大学院時代、第二言語習得理論と一緒に、Cricital Pedagogy(クリティカル・ペダゴジー:批判的教育学)という教育方法を学んでいのですが、

当時、教えていたクラスでも取り入れていたのが、critical literacy(クリティカル・リテラシー)を育てるアクティビティ。

クリティカル・リテラシーとは、メディアやテキストを通して発信される情報を、多角的かつ批判的に分析し、

文脈に隠された偏りや差別を読み取る力のこと。

その「読み取る」際に注目するのが、形容詞や副詞(副助詞)の使い方。

たとえば、”She picked up the book.(彼女はその本を拾い上げた)”という英文があったとします。

この場合、「彼女の行動」には善し悪しはなく、ただ描写されているだけです。

そこに”intentionally(意図的に)”という副詞を加え、

“She intentionally picked up the book(彼女は 意図的にその本を拾い上げた)”とします。

すると、途端に「彼女の行動」にある意味合いが加わり、

書き手は、「彼女は何か企んでいるのかな」と読み手に思わせることが出来ます。このように、形容詞や副詞を使い分けることで、情報を操作することが可能になってきます。

上の林先生の論点で言えば、以下のような表現です。

  1. 「〜ほど」という副助詞
  2. 「会ったことがない」(I have never met〜)という副詞
  3. 「見事な」という形容詞
  4. 「ある有名な」という形容詞

1〜3は、統計的なデータを示さずに「断定」しているのですが、副詞や形容詞のような表現を加えることで、情報があたかも事実であるかのように強調されています。

4は、「有名な」という表現を付けることで信憑性を持たせようとしているのですが、「ある」という表現から分かるように、数社からデータを取ったわけではなく、一社のみの情報。

こういった表現方法から、林先生の主張は、データによる裏付けが一切ないものだと すぐに分かります。

でもメディアを通して、それが発信されてしまうと、それが本当かのように捉われてしまう。

膨大な情報に囲まれる社会では、こういったクリティカル・リテラシーや、クリティカル・シンキングも必要だなぁと 改めて感じます。

“This is my ninja iPad.(わたしの忍者iPad)”と言いながら、お絵描きするSmile。一応、電源ボタンも左下にあります。

タブレットやパソコンをSmile一人で使うようになったら、クリティカル・リテラシーのような力も付けていかないとなぁ。