英語習得とアイデンティティ②

英語習得とアイデンティティ①』では、英語ママさんが紹介してくださった記事を元に、アイデンティティについて少し触れました。国際結婚した家庭でバイリンガルに育った子どもでも、思春期になると英語に対して拒否感を示すことがある、という内容でした。このケースでのコミュニティは、「学校」あるいは「友達との繋がり」で、このコミュニティへの帰属意識がアイデンティティ形成に強く影響したと考えられます。

今回は、「英語学習者」から「アーティスト」へとアイデンティティが変移すると共に、「英語は自分の言語ではない」と英語から距離を置いてしまった日本人男性(Ryo)のケースについて書きたいと思います(修士課程の研究論文です)。そしてその背景にあったと考えられるのが、アカデミック・ライティング(学術的な文章)の「型」でした。

アカデミック・ライティングは、アメリカの高等教育機関では、多くの学生が経験するもので、ある決まった決まりや型に基づいて文章構成をしていきます。そしてEAPコース(English for Academic Purposes)は、学習者がアカデミア(学術的な場)に順応できるように手助けするものだとされてきました。

わたし自身、アカデミック・ライディングを身につけることで、アカデミアというコミュニティにうまく順応することができたので、Ryo(仮名)のように感じる学習者もいる、ということが初めは衝撃でした。

【はじまり】
Ryoは、アメリカのミュージシャンに憧れ、「彼らと同じ言語を話してみたい」と夢と希望に溢れ、20代前半で渡米します。それが渡米4年後には、英語(特に英語で書くこと)に対するモチベーションを失ってしまい、「英語は単なるコミュニケーションのツール」と捉えるようになってしまいました。

なぜか?

それを探るために、ケーススタディ研究に協力してもらい、下記のデータを集めました。

  • 2年に渡るインタビュー(9回)
  • 渡米してから4年に渡りRyoが書いたエッセイのサンプル(31サンプル)

わたしが取ったやり方は、Retrospective Case Study(後ろ向き研究)で、エッセイサンプルを元に過去のことを振り返り、その時のことを思い出しながらインタビューに答えてもらうやり方です。

【ESLコース: 渡米後1年目】

語学学校にて、ESLクラス(第二言語として英語を学ぶクラス)を取り、書くことの楽しさを覚えます。渡米前はちゃんとした英語の指導を受けたことがなかったので、「自分の言葉で書ける!」と習いたての表現や文法を駆使して、夢中でエッセイを書いていたそうです。

この時は、Freewriting(自分の思うがまま考えを書き出し、文法ミスなどは気にしない)や、自分が好きなトピックを選び書いていたそうです。

【EAPコース: 渡米後2年目】

その後、Ryoはデザインを真剣に勉強したいと、地元のコミュニティカレッジに入ります。

アートのクラスを取るには、その前に必修のEAPコース(English for Academic Purposes:学術目的の英語)を取らなくてはいけなかったそうです。ここでは、プレゼンテーションの仕方、アカデミックエッセイの書き方(要約の仕方、パラフレーズの仕方、引用の仕方など)をみっちり教わったそうです。

この時のことを振り返り、Ryoは「エッセイのトピックなんて全く興味なかったけど、リサーチしないといけなかったからやっただけ」とインタビューで答えています。書くモチベーションも全くなかった、と。点数を取るために必要だったために仕方なく書いていたそうです。

Ryoの取ったEAPコースでは、学術的に書く練習をするために、様々なトピックについてエッセイを書く練習をさせられたそうです。トピックは、先生が選んだものがほとんどで、アート専攻志望のRyoにとっては興味のない内容ばかりだったそうです。

【アートのクラス: 渡米後3年目と4年目】

必修のEAPコースを取り終えたRyoは、デザインの勉強をするためにやっとアートクラスを取ることができます。アートのクラスでは、アカデミックエッセイはほとんど書かず、作品の描写や自分のウェブサイトを主に書いていたそうです。

【アカデミック・ライティングに対するRyoの見方】

EAPコースで、繰り返し繰り返し、エッセイの「型」通りに書かされたRyoは、「英語で書く」ことに対して、ある種の(時には偏った)信念を抱くようになります。

  • 論理的に書かなければ、それは良い文章ではない
  • 型通りに書けば、いい文章(イントロ(イントロダクション)があって、イントロの結び、そのあとは、トピックセンテンス、サポート、トピックセンテンス、サポート、トピックセンテンス、サポート、でそれから結論それから引用文献を書けばいい)
  • “I”(私)は文章には書いてはいけない(自分を表現してはいけない)
  • 小学生に説明するみたいに簡潔に書かないといけない

【学習者からアーティストへ】

Ryoは、初めは学習者として「英語で書くこと」の楽しさを知りますが、アーティストとしての意識が高まるにつれて、自分はアカデミアのメンバーではない、すなわち、アカデミック・ライティングも関係ないという意識も強くなります。

インタビューでも、「この先もアメリカに住むし、仕事で英語は使うけど、自分はアーティストだし、英語は単なるツール」と言い切っています。そして「自分はネイティヴではないから、洗練された文章も書けないし、書こうとも思わない。英語で書くのは義務みたいなものだ」と。

【English for Specific Purposes(ESP)】

従来、アメリカの高等機関で英語を第二言語として勉強する学習者にとって、EAPは欠かせないものと考えられてきましたが、Ryoのように、専門分野の知識を将来的に必要とする学習者にとっては、ESP(特定の目的のための英語)コースが必要だったのではないかと言えます。

そのような環境が整っていなかったがために、Ryoの中で「自己表現 vs. アカデミック・ライティング」という対立が生まれてしまったのかもしれません。

バイリンガル育児をされていて、アーティストでもあるジュキさんが、アーティストにとっての自己表現はいかに大事かを書いてくださっていて、Ryoの当時の心情を理解するのにも非常に参考になります。

たかが「型」、されど「型」。それを教室に持ち込む側は、その型が学習者に与える影響を考える必要があるのではないかと思います。そして、課されたタスクを通して学習者が自己肯定できるのかどうかを考慮するのも大切なのではないかと感じます。